Address 大学生のキャンパスライフ、それぞれの現在地

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国際ボランティアで
見えた未来

青木 那実

在籍学科
食物栄養学科
在籍学年
1回生
更新日
2019年3月20日
海外に出るとなぜ英語の勉強が必要なのかを実感できます。
大学の学びには必然性があると思えるようになりました。

ボランティア活動を始めたきっかけは?

大学生になったら、学生の間にしかできないことをしたいと考えていたんです。長期間の休みがとれて、実家暮らしという経済的にも、時間的にも余裕がある学生だからこそできること。元々、私、人が好きなんですよね。どうせなら、少しでも人のために貢献できればと思って、大学ではボランティア部を選びました。学外でも、「NAC」というNPO法人でボランティア活動をしています。この法人では、子どもたちの自然体験活動などの振興に取り組んでいるので、週末は子どもたちとキャンプに出掛けていることが多いですね。昔から子どもが大好きだったので、一緒にカレーを作ったり、遊んだりしています。社会人になるとこういった時間はなかなか作れないと思うので、なるべく日程を合わせて学内外のボランティア活動に参加するようにしています。

国際ボランティア活動に参加するために、
タイに行かれたそうですね。

ボランティア部のグループラインで、“GONGOVA”というNPO法人が国際ボランティアプログラムのメンバーを募集していると知って、興味が湧きました。そこで、参加経験がある方に詳しい内容を聞きに行きました。その話からは、タイの山岳少数民族が住む途上地域で山村支援活動を20年以上継続しているプログラムであること、日本では想像もできない生活環境下で人間的に大きく成長できる可能性があること、また、視野もきっと広がると伺いました。「これこそ学生の間にしかできないことだ!」と思ったんです。まずは、両親にこのプログラムに参加したいと話をしましたが、猛反対。これまで海外に行ったことはなかったし、行き先がタイの山奥だったこともあるので、親の立場からすると、当然かもしれません。だけど、こんなチャンスは滅多にないと思ったので、粘り強く親を説得し続け、最終的には折れてくれました。

タイの山奥とはどんな場所だったのですか?

タイ北西部標高1300メートルくらいの集落にあるメーモン村で、アカ族という少数民族が暮らしています。滞在中は村の空いている部屋を借りて、自分たちで蚊帳を吊って寝袋で寝泊まりするんです。一応、部屋らしくはなっているんですけど、フローリングもカーペットも敷かれていない土の床で、最初はびっくりしました。シャワーもお湯じゃなくて、水。最大のカルチャーショックは、水洗式ではないトイレで、人生初の体験でしたね。日本での生活は、洗濯機に入れると洋服がキレイになるし、蛇口を捻ればお湯も出る。当たり前のことが当たり前じゃない環境に身を置いて、恵まれた日本で何不自由なく生活できることや、両親へのありがたみを感じました。

現地では、
どのようなボランティア活動を行ったのですか?

滞在は10日間。この団体の方針として、現地でのボランティア活動は強制ではなく、参加者各自の自主性に任されています。休みたい日は自由に休んでいいし、毎日自分からできることを探して、自主的に動くという感じです。それでも、せっかくタイまで来たからには役に立ちたいと思い、私はほぼ毎日、活動をしていました。参加した時期はちょうど雨季で、雨が降っている日はハチミツを採取するための蜂の巣箱作り、晴れた日は村の新しい建物を作る手伝いをしました。巣箱は、1個作ると1年間で5,000円くらいの収入になります。タイの平均年収は、約140万円だそうで、決して豊かではない村の経済においては重要な収入源のひとつになります。建物の建設は、重機がなく、基本的に手作業です。マンパワーが必要となるため、村の人たちとボランティアスタッフが総出で作業をします。タイ語はもちろん、アカ族の言語アカ語はさらにわからないので、「バケツに砂利を入れてきて」とか、作業内容はすべて身振り手振りのやり取りです。途中からはタイの大学生グループも合流し、一緒に作業し始めると、英語、タイ語、アカ語、日本語と、さまざまな言語が飛び交うようになって。言語が違う人たちとのジェスチャーによるコミュニケーションは、異文化交流を実感できて、とても楽しかったですね。

国際ボランティアに参加した前と後で、
どのような心境の変化がありましたか?

まずは、英語をちゃんと勉強しようと思いました。友だちになったタイの大学生が英語で話しかけてくれるのに、その内容がわからず、まったく答えられなかったことが悔しくて。日本にいると英語の授業も単位を取るためという感覚になりますが、海外に出ると、なぜ英語を勉強しなければならないのかを実感できます。それ以降、大学の学びには必然性があると思えるようになりました。また、私が大学の食物栄養学科で食を学んでいることを話したところ、アカ族のお母さんたちが郷土料理を作るところを見せてくれたんです。キッチンは料理の時だけ地面にまな板代わりの大きな丸太を置いただけのもの。そして、丸太の前に座って、材料を切って、鍋にボンボン入れるだけ。葉物類は、近くの山で調達するので、そこにも同行させてもらいました。肝心の料理の味ですが、辛口でしたけど私の口には合っていましたし、苦手だったパクチーも食べられて、苦手意識がなくなりました。料理を作る環境も、食材を集める手段も、日本とはまったく違い、食関係の道に進みたいと思っている私にとって、他国のリアルな食文化にふれたことはすごくいい勉強になりました。現地で経験したすべての事象が、普通の海外旅行では絶対に得られないことばかりで、貴重な体験ができたと思っています。

食に興味を持ったきっかけは?

地元の兵庫県で16歳以上を対象にした生活習慣病予防検診があって、高校2年生の時に軽い気持ちで受けたんです。診断結果は、HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)という数値が糖尿病予備軍の「レベル7」。レベル10で糖尿病となるので、糖尿病になる一歩手前のところでした。受診するまでは特に自覚症状もなく、当時所属していた陸上部の活動でも、運動量の割には疲れやすいなってくらいの感じで。後々考えると、これが危険サインだったんだと思いますが、まさか自分が糖尿病になるなんて考えたことがなくて。私だけでなく、両親がかなりショックを受けたようで、食事もすぐに白米が玄米に変わり、低糖質の調味料に変わったり、母が徹底して食事療法に取り組んでくれたんです。その甲斐あって、短期間で正常値に戻ったのですが、この経験から食事がどれほど健康に影響を及ぼすかを痛感しました。それ以降は、自分でも食事の栄養を気にするようになって、いろいろ調べているうちに「管理栄養士」という国家資格があることを知りました。この仕事なら私の経験を活かせるかもしれないと思って、将来は管理栄養士になろうと決めました。

将来は、どんな仕事がしたいですか?

食品開発系か医療系かで悩んでいます。前者だと、管理栄養士が考えたサラダとか、お弁当とか、そういう身近な食品の開発に携わりたいです。最近、「大阪府消費者学生リーダー会」という食品メーカー企業と学生の交流の場を見つけ、参加しています。この会では、講習や消費者問題に関する啓発活動のボランティア活動があり、この経験も食品開発の仕事に役立つかもしれないなと。医療系だと、病院食の改善に携わりたいです。患者さんひとり一人で症状が違い、それぞれ食事の制限がある中で、美味しくてその人を健康に導く食事を考える人になりたい。最近は病院食もかなりレベルが上がっているようですが、まだまだ改善の余地はあるんじゃないかなと思うんです。どちらの道に進むにしても、もっと経験を積んで、視野や知識を広げていかないといい仕事ができないと思っています。国際ボランティアを通じて、その重要性を身を以って実感できたので、学問もボランティア活動も、学生の間にできることはどんどんチャレンジしながら、将来のことをじっくり考えていこうと思います。